【第5号】人生最後の日を想像したとき、 どんな幕の閉じ方をしたいと思いますか?

今回は、元甲子園球児の後輩社員と話をしていて、
思わず「なるほど!」と思ったフレーズがあったので紹介いたします。

野球で監督が「低めには手を出すな」と指示をしたとします。
すると、選手たちは低めに意識が行ってしまい、思わず低めを振ってしまうとのことです。

反対に「高めを振れ」と指示を出すと、
選手たちは「低め」は手を出さないそうです。

これは、私たちの日常生活についても当てはまると感じました。

「…をしない」というと、どうしても「しないこと」に意識が向いてしまい、
「ついついしてしまう」というものです。

たとえば「22:00以降スマホを見ない」と決めても、
スマホ常習者にとっては、自分のスマホに飛んでくる様々な情報を想像した瞬間、アウトです。

一方「22:00になったら、スマホの電源を切る」なら、まだできそうです。

「しない」ために、何を「する」か?

嗜好性の高い情報に溢れ、それが身近に手に入れやすい現代の環境にあり、
「ついついしてしまうこと」は増えるばかりです。

一方、何かを実現するには、それ相応の行動と時間を要します。
しかし「ついついしてしまう」時間が増えれば増えるほど、
「何かを実現するための行動」が端っこに追いやられてしまいます。

◆今日の質問
「人生の最後の日を想像したとき、どんな幕の閉じ方をしたいと思いますか?」

◇解説
「人生の終わり」から自分を見つめたとき、
今、「本当にやりたいこと」「本当にやるべきこと」を冷静に判断できそうです。

「時間」とは、「自分の命」そのものなのですから…。

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