「千代田区立麹町中学校」から学んだ、企業でも通用する「自律型人材」の育成方法(前編)

対談テーマ:企業でも通用する「自律型人材」の育成方法(前編)
本日は、千代田区立麹町中学校で生活指導主任と学年主任を兼務され、現在は立命館守山中学校で生徒部主任を務められております、加藤智博先生と「企業でも通用する『自律型人材』の育成方法」をテーマに、対談させていただきました。千代田区立麹町中学校 工藤勇一前校長の下、教育改革の現場で中心的役割を担っておられた加藤先生の、経験と実績を兼ね備えた情熱的なお話を、是非ご覧ください。

(株)KODO ISHIN 栄木:
ー加藤先生のご紹介をいたします。
加藤智博先生は、知る人ぞ知る、千代田区立麹町中学校で生活指導主任と学年主任を兼務されていました。
5年程いらっしゃった後、今は立命館守山中学校に赴任をして、生徒部主任として生徒の自律を育む教育を実践されておられます。

政府も注目する麹町中学校の取り組みとは


栄木:

ー今回は、実際に現場で関わった生の声をお聞きしてみたいと思います。
では最初に、加藤先生から自己紹介を簡単にお願いしたいと思います。
よろしいでしょうか?

加藤:
はい。よろしくお願いします!
加藤智博と申します。

先ほどご紹介いただいたのですが、現在、滋賀県にあります立命館守山中学校・高等学校というところに勤めております。
立命館大学の附属中高一貫校です。

一昨年まで、東京の公立中学校の教員をしておりましたので、12年間、東京の公立中学校の教員をしておりました。
1校目が、江戸川区。東京の事情を知ってらっしゃる方はご存知だと思いますが、東京といっても本当に下町の学校に7年間勤めました。

ここは、麹町中学校とは全くスタイルが違う、THE公立中学校というところでした。そこで、私は土台を作らせてもらいました。
そして、2015年から千代田区立麹町学校というところに勤めました。


勤めている間、いろんなメディアで取り上げられたので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、工藤勇一校長が赴任した1年後です。

本当にたまたま、単なる異動で、私が希望したわけでもなく、ご縁をいただきました。この校長に出会ったおかげで、私も教育感みたいなものが広がったなと思っています。本当に、今はこのご縁にとても感謝しております。
また、具体的にどんなことをやっていったのかは、この後紹介させてもらえればと思います。

結構、いろんな本も出している校長です。今日のお話を聞いてくださった方の中で、もう少し深掘ってみようという方がいらっしゃったら、書店・アマゾン等々で見ていただければなと思います。
特に今日は、【学校の「当たり前」をやめた。】という本と、【自律する子の育て方】という本に書いてある内容をお話しさせてもらう機会が多いと思いますが、ぜひご覧いただければと思います。

教育に対して、もちろん自分なりには一生懸命やっていたつもりでしたが、ただ一生懸命やれば子供には伝わるとか、何か一種の思い込みのようなものもあった教員でした。

例えば、自律する子を育てたいと思ったときに、「どういう手段を使って。」とか、「どういう関わりが大事か。」というような勉強はしてこなかったタイプの人間ですので、この校長に出会い、学校の改革をやっていく中で身についたものもあります。
そういったことをご紹介させてもらえればと思います。

栄木:
ーテレビにも取り上げられたそうですね。

加藤:
かなり沢山のメディアに取り上げていただきました。
例えば、NHKの「ニュースウォッチ9」をはじめとしたニュース番組や、お昼のワイドショー、教育分野の専門の新聞など、多岐にわたりご紹介していただきました。

 

栄木:
ーそうなんですね。
具体的に取り組んだ事例を、簡単にご紹介していただいてもよろしいでしょうか?

加藤:
学校に注目していただいた例なのですが、取り上げられ方としては、いわゆる「学校の当たり前を変えていった」ということですね。
例えば、皆さんもそうだったと思うのですが、学級担任。各クラスに担任の先生が1人いる「固定担任」を廃止したんです。
代わりに、「全員担任制」「チーム担任制」を導入しました。ほぼほぼ同じ意味ですね。

学校にもよりますが、1学年5人~10人くらい学年スタッフがおりますので、そのスタッフ全員が担任となるのです。誰か1人を決めるということではなくて、全員が担任です。

なので、「勉強のことはこの先生に相談したいな。」「進路について悩んでいる。じゃあこの先生が良いな。」というように、相談したい先生を子供たちが自分で選べるんです。
子供ですから、恋愛系などで悩んでいたとするならば、「ちょっと若い先生にしようかな。」という感じですね。
とにかく、三者面談もそうなんですが、面談の先生も自分で選べる。そういうような制度を取り入れました。

それから、学校にはセットであるような「宿題」というものもなくしました。
このあともテーマになると思いますが、「宿題が子供の自律を阻害しているんじゃないか。」ということで、宿題を廃止しました。

定期テストも、中間・期末試験と当たり前にありましたが、それも廃止しました。
そして、方程式とか二次関数などの単元が終わったら、その都度その都度、テストしていくという方法に変えました。また、間違えたことをもう1回テストする「再テスト制度」を設けることによって、間違えた部分をすぐに克服できる制度を作りました。

特にこの3つに注目していただきましたね。(チーム担任制の導入・宿題廃止・定期テスト廃止)
ただ、これも全て、この制度を一つ一つ壊すことが目的ではありません。あくまで「子供たちの自律を育むために、今までの制度、学校のシステムを変えていこう。」と、一つ一つ見直した結果です。
でも、実はそこが、なかなか伝わっていない部分でもあると思っているので、私がお話をさせていただく機会があるときは、いつも「これは全て、子供の自律を育む制度変更なんですよ。」という事はお話をさせてもらっていました。

栄木:
ーこの宿題廃止。担任制度廃止。テスト廃止。みたいなものが飛び込んでくると、そこだけがクローズアップされて、「なんて型破りな。引っ搔き回すつもりか。」というような捉えられ方もできなくはないですよね。
そもそも、どうしてこんな型破りなことを工藤校長先生・麹町中学校はしようと思ったのですか?

加藤:
いくつかの視点はあります。
まず1つの入り口として、学校で子供たちを教育するときに、「将来この子たちが、自分の力で生きていく力を育むのが学校だよね。」という、当たり前でシンプルな話があって、そこは皆さん同意されるはずなんです。

卒業後に、自分の力で生きていけるように育てていくというのは、教育のそもそも論だと思うのですが、「そのためには、学力と規律が必要だ。」という時代がありました。

将来、子供が自分一人の力で生きていくためにも、「学力や忍耐強さなどをつけさせよう。」というはずだったのに、そこがちょっと疎かになってしまい、「学力だ。学力だ。学力を伸ばすんだ。」ということで、つきっきりに宿題を膨大に出してみたり、補習をどんどんどんどんやらせるようになってしまいました。
「手段が目的化する」という表現を工藤校長が使っていましたが、とにかく大人が子供に対して手をかけて、「手をかけることが子供の成長だ。」という、「手段が目的化した状態」を、学校教育現場の長い歴史の中でやってきてしまったんですね。

となると、子供によっては学力が伸びる子もいるでしょう。
でも、卒業して大人になったときに、大人のサポートがないと何もできない子が育っていく側面があります。
その典型例として、新学期になり、担任の先生が発表されたとき、「この先生は当たりだ、外れだ。」「この先生の授業は面白い、面白くない。」「この先生の授業が面白くないから自分の成績は伸びないんだ。」となる。要するに、大人が子供たちの中学校・高校それぞれ3年間・小学校6年間を切り取って、この中で子供たちの伸びしろをグッとあげようと思った結果、実は大人の手を借りなければ何もできない子ができてしまった。
最近でいうと、「指示待ち」という言葉があるかもしれませんが、そういう子が育ってしまったのです。

結局、最上位の目的であった、「自分の力で自分の人生を生きていく子供」が、実は育めていなかったという問題意識はあったんですね。

そこで、やっぱり「自律」。自分の力で生きていく。
我々は、この自律というものを、「自分で考えて、判断して、決定して、行動する力」という言葉で定義づけしていました。また、それと同時進行で、今はVUCA(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態)の時代なんてことが言われていますが、予測不可能で変化が激しい時代の中で、更に「自律」=「自分で考えて、判断して、決定して、行動する力」というのは、ますます必要な力なんだというところに行きつきました。

自分たちの教育感というものをおいても、2030年の未来を生きる子供たちに、どういった力が必要で、どういう世界を作っていく必要があるんだろうということを考えました。
これは、OECD(経済協力開発機構)というところも『2030年ラーニングフレームワーク』で言っていました。

それが、「責任ある行動をとる力」「対立やジレンマを調停する力」「新しい価値を創造する力」です。この3つがやっぱり必要なんだと。この中核になるのが、エージェンシー(当事者意識)です。

当事者意識というのをもう少し日本語で訳すと、子供たちが自分自身で、「自分の人生や、自分が住む社会」をより良くしていく。自分の生き方を創造していく。「人任せではなく主体なんだよ。」ということですね。
子供たちには、「自分の人生のハンドルを握るのは自分だよ。」という表現をよく使います。

当事者意識を育むことが、2030年を生きていく上で必要な力です。

しかし、「責任ある行動」の一方では、自分とは考えが違う「対立」が生まれます。
その時に、自分たちで対話を通じて、合意形成をはかっていく力が必要となる。そのような力を育んだ中で、Well-Being(幸福:肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること)があるんですよね。

 OECDも、我々が麹町中で言っていた教育目標と同じようなものを出していましたので、これは我々だけのことじゃない。
世界的にも共通の認識なんですよね。
「ここに乗っかって、学校作りを進めていこう。」というようなことを工藤校長と話していました。

栄木:
ー目的から逆算して、物事を考えて進めてらっしゃるなという印象を持ちました。
実は、麹町中学校以外の学校でも、「責任が大事ですよ。自律が大事ですよ。」と言ったりするじゃないですか。

今、お聞きして感じたのは、具体的な仕組みを落とし込まれたんだなということです。大事ですよ。やりましょう。
努力目標ではなく、実際に仕組みまで落とし込んだというのが新しいなと感じました。

そのうえで、実際どんな成果が出たのか?
ぜひ現場ならではの加藤先生の視点でお話しいただきたいなと思います。

自律型の子供が育った秘訣は?


加藤:

どんな成果か。本当にいろんな手段を使いました。

学校の中ずっと言い続けてきた言葉は、「自律と尊重」ですね。
もう1つあるのですが、とにかく「自律」という言葉は言い続けました。

どのぐらい言い続けるかというと、月に1回の全校集会の校長先生の話でも、校長はとにかく、「自律」というキーワードで話をしていました。学年集会のレベルでも、我々はずっと「自律」をキーワードに話していました。クラスでもそうです。
とにかく、あまり言葉を増やしませんでしたね。

 

私たちも、やっぱり最初は試行錯誤なので、なかなかうまくいかない場面もありました。
そんな中、これは、教員スタッフのイメージが少しずつ成熟していた時の象徴的なエピソードなんですが…。

皆さん、子供の時に学級目標を作ったエピソードあると思います。
新クラスになったときに、「これから1年間クラス作りをしていきます。どんなクラス目標にしていきますか。」というのがよくあると思いますが、これ、結構みんなまばらなんですよ。

例えば、あるクラスだったら「絆」「みんなで一致団結」。クラスによっては、すごく意識が高く、「全員提出物忘れゼロ」「給食残菜ゼロ」のような、結構具体的な目標であったり。
どの学校でもそうだと思うんですが、結構、クラスによってまばらなんですね。

その「クラス目標・学年目標を作るのを辞めよう。」という提案をしたんです。

栄木:
ーそれはどうしてですか?

加藤:
子供が迷う。
要するに、大人もそうですが、言葉がいっぱいあって、「大事にしなさい。」ということがたくさんあると、覚えられませんよね。

例えば、クラス目標があるならば、学年目標、学校目標も言えるのかと言われたら、実は言えなくて。
私、お恥ずかしい話なのですが、自分が麹町中の前に勤めた学校…、それは私の財産でもある学校なので、変な意味ではないですよ。
1つ反省があるとすると、私、その学校の「学校目標」が言えないんです。
何かあったなぁとは思うんですが…。

実は、学校目標が「お飾り」になっているという事は、結構多いです。

教室の黒板の上に、絶対貼ってあるはずなんです。
でも、「お飾り」になっていて、しいて言うなら、学級目標が優先されているということが結構あるんですよ。
私もお恥ずかしながら、一生懸命やっていたつもりなんですけどね。

学級目標を作るときに、「この学校はね、学校目標として、一番大きくこのような目標があるんだよ。そして、この目標を実現するために学年目標がある。では、これを実現するためには、自分たちのクラス40人で、どんな目標を立てる?」というアプローチをしていたらまだ別なんですが。

でも、そんなものはなくて、「40人、今日からよろしくお願いします。どんな目標立てますか?」だから、教員の中でも子供の中でも、意思統一や優先順位みたいなものがまばらなんです。
やっていく中で、このことに気づきました。

せっかくうちの学校には、最初は「お飾り」だったかもしれないが、お飾りじゃなくなった「自律」という目標があるのであれば、みんなが困らないように、とにかくこの目標でいこうと。
だから最後の2年ぐらいは、学年目標を作らず、どの学年も、どのクラスも、「一番大事なのは、自律・尊重だよ。」ということを繰り返し言い続けたことは、我々の中で改革が進んだ、重要なポイントだったと思います。

その中で、それぞれの行事とか、先ほどもお話した通り、学校のシステム、大人が変えざるを得ないシステムがあるのであれば、大人が変えていく。
一つ一つの行事を、「これって自律を育んでいるの?なにか疎外しているんじゃないかな?」と見直していくことが大切だと思います。

 

校内研修もやりました。
外部の方も招きながら、自分たちの狭い世界だけで見るのではなく、もっと広い視野で、「子供が自律を育む」というところにフォーカスして、大人が変えられるものは変えていこうというようなアプローチも、その1つですね。

いろいろ長くなってしまいましたが、行事も「自律」というものを掲げて、我々は支援者だという立ち位置に立つんです。
工藤校長がよく言っていました。
「この行事はあげるよ。君たちにあげるよ。」と。

これ、私も一番勉強させてもらったことなんです。

「君たちにあげるよ。でも1つだけ実現してほしいことがあるんだ。この文化祭の最上位の目標は、文化祭を見に来てくれるお客さん、見ている人全員が楽しめる一日にしてくれ。それさえ実現してくれたら、中身は君たちに任せるよ。」

 

例えば、体育祭の場合は、
「君たちにあげるよ。でも1つだけ実現してほしい最上位だけ伝えるよ。それは、運動が得意な子、苦手な子、好きな子、嫌いな子っているんだよね。得意な子にとっては、一年の中で一番楽しい一日だけど、中には、この日だけは来てくれるな。この日だけは雨で流れてくれ。って思う子もいるんだよ。そういう子も、全員がこの一日を楽しめるようにしてくれ。得意な子は輝けて、苦手な子は楽しめる一日にしてくれよ。そしたらあげるよ。」
そういう形で、子供たちが話し合って、話し合って、試行錯誤しながらやってきました。


ある文化祭の実行委員の子たちが話し合っている時も、一生懸命やっていました。

オーディションをやったんです。バンドとか漫才とか、いろいろ。
そこで、「本当に、今オーディションに来て、目の前で披露してくれた子たちが楽しめるかな。見ている人たちは楽しめるかな。」という視点に立ったときに、まだまだ足りないんじゃないかなという話になったんです。

よく子供のときって、「頑張ったら評価してくれる。」ということがありますよね。「頑張ったからいいじゃん。」という。
それってすごく大事なんです。

でも、出演者や作り手の一人だとしたときに、「見てる人が笑えるかな?楽しめないんじゃないかな?ちょっと独りよがりの演奏になってるんじゃないかな?」みたいなことを話し合い、そのオーディションに参加した組に、どういうアドバイスをして、次の二次オーディションに挑んでもらおうかということを話し合いました。
そんなエピソードです。

栄木:
ーそれはかなり考えますね。確かに。
普通、言われた通りに動きますよね。「文化祭はこうだからね。こういう風にやってね。」と言われて、「決められた通りやるには、どうしたらいいか。」と考える。このHOW TOの方法論について考えるということは、確かに私たちは慣れています。
でも、「そもそも、どうしたら喜んでくれるか。」そこから逆算して考えて…、ということになると、しっかり考えないと「結論・答え」まで辿り着かないですね。

加藤:
例えば、「何かきつい言葉を言ったら、もしかしたら相手の子の気持ちが折れるんじゃないかなぁ。」とか、その辺まで考えていたので、結構成熟していた子たちだったんですよ。
「どういう言葉で、どういうアドバイスをしよう。」とか。

栄木:
ーそれ以外にもエピソードはありますか?

加藤:
体育祭の話し合いをしている時ですね。

生徒会の役員の子たちの話になりますが、先ほどもちょっと紹介をさせてもらった通り、「得意な子が輝けて、苦手な子が楽しめる体育祭」が最上位の目標なので、例えば、子供たちの中でもいろんな種目を考える子がいます。これまで小学校の時に盛り上がった種目とか。
全員リレーなんかは典型的ですね。

全員リレーって、8割9割の子が好きなんですよね。
クラスの団結感とか出てくるし、みんなで一喜一憂できる種目だから、全員リレーって好きな子が大半なんです。
でもね、先ほどの話になりますが、1割くらいの子は、「この日だけは来てくれるな。」「この日だけは、嫌なんだ。お腹が痛くなる。」と思う子がいるんですね。我々の肌感覚の中で、その子たちが嫌がるのが、全員リレーなんです。

なぜならば、やっぱり「自分が抜かれたら迷惑かける。」「責められる。」仮に責められないとしても、「自分が迷惑をかけてしまった。」という負い目がある。こういったところは、教員だったらわかってくれると思います。
「この日だけは来てくれるな。」と思っている子の一番嫌がる種目は、全員リレーなんです。

なので、よく子供の中では、「盛り上がるからいいじゃん。体育祭だよ。祭りだよ。盛り上がるからいいじゃん。」というのがありますが、「でも、ちょっと考えてみよう。僕たちが校長先生から体育祭預かったよね。何してもいいよ。だけど、最上位の目標としてもらったのは、得意な子が輝けて、苦手な子が楽しめる体育祭だったよね。」と考えたときに、全員リレーはどうかなと。

 

校長先生は、よくいろんな話をしてくれるのですが、多数決の原理の良くないところも話してくれましたね。
「9割の子が楽しめるからと言って、1割の子を我慢させるの?この少数をどんどん切っていく社会を、君たちは本当に作っていくの?」
「しかも、対話もなくして『はい。多数決取ります。はい。9割多かったです。じゃあこうします。』っていう社会は、本当は民主主義ではないよね。」という話を中学生相手に話していらっしゃいました。

そういったことから、当時の生徒会長の子と「体育祭を作っていく上で、全員リレーって本当にこの目的に合った競技なのかな?目的に合わせるためには、どういう風にルールをかえなきゃダメかな?」「新種目は?」など、一つ一つ話し合ったというエピソードです

栄木:
ーすごく良いエピソードですね。その生徒会長は、今は大学生ですか?

加藤:
今は、まだ高校生です。高校生で野球やっています。頑張っていますよ、今。

栄木:
ー将来頼もしいですね。このような思考回路を持っていると。

加藤:
このような経験が出来る場が多かったです。この子たちも最初からそのような成熟した議論ができたわけではありませんでした。中学生ですから。ただ、このような議論の場が多かったという印象がありました。とにかく校長が「行事をあげるよ。」と言っていました。

栄木:
ー対話の機会が多くあったわけですね。

加藤:
放課後は、何か行事の話し合いをしていました。
大きな行事もあれば、小さな行事、例えば、学年・学級委員会のような、少し小さな委員会のようなものもあります。放課後は毎日、子供たち自身によって「自分たちで学校をより良くする話し合いの場」が設けられていました。それは麹町中の特徴だと思います。

栄木:
ー今、お聞きしていて感じたのは、こういった会話・話し合いというのは、多くの組織・学校でも行われていると思うのですが、それらの話合いとは違うなと。目的に立ち戻った対話がなされているなと感じました。
みんなが好き勝手言いたい放題言うのではなく、目的をぶらさずにどう出来るか。話が収束していくのか。ですね。
そんなイメージを持ちました。

加藤:
本当におっしゃる通りで、私もそういう部分は不勉強だったので、一緒に子供たちと学ばせてもらったという感想を持っています。

栄木:
ーはい。ありがとうございます。

加藤:
あとは、文化祭のオープニングシーンですね。
やっぱりみんなで楽しめるためには、オープニングは大事ですよね。イベントもオープニングで盛り上がりますよね。

地域の小学生たちも見に来るのですが、「小学生が『今日の麹町中学校の文化祭面白そう!』って気持ちをグッと上げるには、どうしたらいいかな?」ということを考えてオープニング映像を作りました。
当時流行った映画です。

少し忘れてしまいましたが、ホラーチックなワンシーンを子供が真似しています。カメラの中に映っていた本人が登場するんです。
こういうことにも、実は私のこれまでの感覚や、公立の中学校では、「ちょっとふざけすぎだ。」とか「ありえない。」という物差しもあるんです。
でも、先ほど栄木さんにも言っていただいた通り、この子たちが何か考えるときに立ち返るものは、その最上位の目標の「見ている人が楽しめる。全員が楽しめる。」なんです。そのためには、これまで我々教員が持っていた固定概念みたいなものは二の次なんです。

きっと、私もこれを経験できていなかったら、自分の経験値の中で、「それやり過ぎじゃない?やめておこう。」と言っているはずなんです。でも、この子たちと我々教員との会話の中で、1つ共通の物差しは、その行事にある最上位の目的ですので、「みんなも楽しめるよね。楽しむためだよね。楽しそうだね。いいね。」というような感じでやっていきました。
私の中では、象徴的なワンシーンです。

こんな文化祭のオープニングをする学校は、日本中にそんなにないと思いますね。


それから、象徴的な子がいました。
文化祭や体育祭の実行委員の子を紹介させてもらいましたが、その子たちと我々教員との関わりを通じて、言葉が変わっていったというエピソードなんです。

どういうことかと言いますと、「自律を育むために、子供たちとどんな関わり方をしていったらいいかな。」という話をしたときに、結論から先に言うと、「主に3つの質問をしよう。」ということにいきついたんです。校内研修を何度も重ねた中で、「子供に3つの言葉がけをしよう。」と。

1つ目が、「今どうしたの?何が起きているの?」という、現状を聞く質問。
2つ目が、「ここで君はどうしたい?」という、意思を聞く質問。
3つ目が、「もし先生の力を貸して欲しいとしたら、どんな力を貸して欲しい?どんな支援をして欲しい?」というようなことを、実際に言葉で伝えてもらう。
「この3つの質問を大事にしよう。」と言っていました。

何がどう変わったかというと、子供たちって「先生どうすればいいですか?」と聞いてくるんですね。先生に答えを求めるんです。
私も、まだ経験が浅いながら、少しずつ教員の力がついてきたなという自負が出てきたときは、「どうすればいいですか?」の質問に、答えをすぐ出せる教員が良い教員だと思っていました。
子供の質問に対して、「それは、こうすればいいんだよ。」と、答えがさらっと出せることがスマートな教員、力のある教員だと思っていたので、結構調子に乗ってやっていた時期もありました。
でも、「これって子供の自律を阻害しているよね。」という話題になったんです。

栄木:
ーどうしてですか?

加藤:
答えを言うから。すぐに答えを言うことで、考える機会を奪っているんです。そういうことから関わり方を変えていきました。

実行委員の子に対する言葉がけだったり、友達同士で喧嘩してたりとか、ありとあらゆる場面で、この3つの質問を基本にしたんです。
もちろん発展版もありますが、基本をこれにしたんです。
特にこの子たちの変化はわかりやすくて、「先生どうすればいいですか?」と聞いていた子たちが、紹介した質問ベースの関わりをしていくと、早い子は1ヶ月後位に、「先生ちょっと相談があります。今2つのことで迷っています。Aパターンは、このような良いところがあります。ちょっとここに不安要素があります。Bパターンは逆で、このような良いところがありますが、ここにちょっと不安要素が見えちゃいます。先生のこれまでの経験の中で、AとBどちらがこの目的の実現のためにいいと思いますか。」と聞いてきました。

栄木:
ー同一人物がですか?

加藤:
同一人物です。
それは、私自身、すごく子供たちに学ばせてもらいました。

1ヶ月前、「どうすればいいですか?」と、ただただ答えを求めに来て、「え?教えてくれないの?」と言っていた子たちが、関わり方を一緒に考えて、質問ベースで「目的は何だっけ?」というところも踏まえながらやりくりしていく中で、1ヶ月後にこういう質問をするように変わっていく姿を見たときに、本当に子どもの伸びしろってものすごいと思いました。

「子供だからできないよな。」というような勝手な思い込みで、子供の可能性を狭めていたのは自分たちでした。
「もっと自分たちが変わっていかなきゃだめだよな。」「もしかしたら、子供たちの力を潰していたのは自分たちなのかな。」と、思い知らせてくれた、いくつかのエピソードのうちの1つです。

栄木:
ーそうなんですね。
麹町中という、都心のど真ん中の中学校とあって、すごく頭が冴えている子のように感じますが。

加藤:
栄木さん、実は違うんですよ。
この子はいい子です。ただ、最初からすごく冴えている子ではないですし、元々キャプテンシーがあったような子ではないです。

よく言われたのが、「麹町中だから出来るんでしょ。」ということです。本当によく言われるんです。
皆さんに言っているんですが、それは大きな間違いす。
本当に、ちょっと言葉を選ばなきゃいけないと思うのですが…、逆に小学校の時に、先生と折り合いがうまくいかなくて大人不信だったり、学校嫌いだったり、集団で何かをするということが特性的に苦手だとか、そういう子たちが多かったので、決して特別ではないという事だけは、是非お伝えしておきたいですね。
「子供は変わるんだな。成長するんだな。」ということをこの子たちに教わりました。

栄木:
ー3 つの質問は、「何があったの?」「どうしたい?」「どんな手助けがの欲しい?」この3つですね。
これは何か企業でも応用できそうですね。

加藤:
体育祭にも象徴的な場面がありました。

よくある体育祭は、先生が準備していますので、「先生方、前に集まって下さい。」とアナウンスがあって、教員たちが今日一日の確認をして、体育祭スタート。というのが多いですが、麹町中は、そうではないんです。

子供たちがミーティングするんです。子供たちが自分たちで作り上げた行事なので、子供たちがミーティングをします。
その中に先生たちが呼ばれて混ざり、リーダーの子たちから「今日一日よろしくお願い致します。いろいろ準備してきましたが、フォローしていただかないとダメなところもあると思います。今日まで、有志メンバー、実行委員メンバーで頑張ってきましたので、よろしくお願いします。」というようなことを言われ、体育祭スタート。
麹町中独特の、象徴的な場面なので紹介させてもらいました。

栄木:
ー普通だったら、先生が「わかったか!」となるところですよね。

加藤:
そうです。逆です。大人が子供に指示するのではなく、逆です。

栄木:
ーすごい。
最後にもう一つ、何か象徴的なエピソードはありますか。

加藤:
そうですね。
麹町中学校に勤めていた最後の頃、学校の標準服を変えたんです。
男子は学ラン、女子はブレザーで古典的な制服だったのですが、これも変えるきっかけがありました。

宗教の子だったり、発達特性で首元に服があるだけで痒くなってしまう子もいるんですよね。
我々は、いわゆる「当たり前」ということを子供たちに押し付けていたので、そういう子たちが苦しんでしまう。
そのマイノリティ、「少数が苦しむ世の中を作りたくない。」というのが、学校としてのビジョンの1つだったので、「標準服を見直さなきゃね。」というところが見直すきっかけになりました。

こういうものにも、子供が入っているんです。

参加した教員は1人くらいだけです。その他の大人は、いろいろ教えてもらうために来てもらった制服業者と、PTAです。
大人が一方的に作る、何かを学校が作っていくというのは全部取っ払いました。
お金もかかることなので、まずは、校長が「決めていいよ。ただ、誰1人取り残さないってことだけは忘れないで欲しいな。経済性も考慮した物を作って欲しいな。」というところでPTAにお渡ししたんです。
その中で、子供とPTAと教員で話し合って、標準服を作っていきました。
本当にいろんな制服業者を訪ねて行ったりしながら、自分たちで作っていったという、結構象徴的なエピソードなので紹介させて頂きました。
対話の場面が多かったですね。


栄木:
ー結果的に、全員納得いく制服はできたんですか?

加藤:
はい。そう思っています。結論は選択制になりました。

まず、標準服という言葉の定義を調べた時に、標準服と制服は同じように使われているんです。教育の現場では。
標準服はあくまでも「標準」で、「これが標準スタイルだよ。」というものだから、「絶対にこれを着なさい。」という制服みたいなニュアンスがなかったんですね。なので選択制にしました。

ただやっぱり、「冠婚葬祭で必要。」「毎日服選びが大変。」という声もあったので、さっきもお話した感覚過敏の子たちも着られるような物を作ろうと。でも、その時その時に、自分たちで判断するのも自律なので、「私服でも良いし、標準服でも良い。でも、標準服は一応作ったよ。みんなが苦しまないようなものを作ったよ。」という形で最後はおとしました。

栄木:
ー今までの認識が変わりました。
麹町中学校の派手な型破りな側面ばかり見ていたので。なんて奇抜だって。
むしろこれが標準な気がしますね。
ありがとうございます。

ちょっと切り口を変えて質問します。
私が率直に思うのが、加藤先生がおっしゃることに異を唱える人は誰もいないと思いますし、この話を読んでくださる皆さんも首を縦に振ると思います。でも、相当大変なんじゃないかなと思ったんです。
実際どうですか? 現場で関わってみて。

加藤:

本当に大変でしたね。

大変な理由もいくつかあると思っていて、1つあるのは、自分が不勉強だったということも大きいと思うんですよ。
経験もそんなに多いわけではなかったですし、教員8年目で、しかも2校目として勤めているので、決して色んな経験値を持ってきたという訳ではない。

ただ、やっぱり私が昔のことを思い出したとき、うまくいった経験も、うまくいかなかった経験もある中で、子供たちに「話し合ってみな。」と言った時に、最上位の目的・目標を一致させたうえで、話し合いを子供たちに委ねていなかったなと思うことがあるわけですよ。

栄木:
ー逆に何をされていたんですか?

加藤:
それがないんですよ。
話し合うことに意義があると思っていたので、「君たちに、この1時間を話し合いの時間としてあげるよ。自分たちで頑張ってみなよ。」というようなことをしていたんですよ。なので、結果的にうまくいっていたのは子供たちの力でした。

先ほどもお話させてもらった通り、その話し合いというものは、「みんながOK出せる目的・目標を一致させてから話し合う。」ということだけ。もしそれがないんだったら、一致させる作業からスタートさせる…みたいなことは、子どもたちの支援者としてサポートしてあげるべきなんじゃないかと思います。

でも当時、そのようなスキル・ノウハウを自分自身が持っていませんでした。だから、子供たちに話し合いをさせる時に、うまくいかないことが二度三度続いたら、「子どもたちには無理だ。」というレッテルを貼っていました。
そして、大人主導で決めていたんです。
そのような悪循環がすごくあると思いますね。それも試行錯誤です。私もいろんな失敗をしたような記憶をしているんです。うまくいかないなと。悩んで、同僚たちと「うまくいくかな?」と話していた時期もありました。
少しずつ掴めてきた後半3年くらいだったと思うのですが、結構みんなで試行錯誤してましたね。
よく子供たちが帰った後、職員室で「どうしよう?どうすればいいかな?」ということを、ずっと話していた印象があります。

栄木:
ー対話は時間がかかりますよね。
結論が決まって、「このようにやりなさい。」という方が簡単というか、手間はかからないですよね。

加藤:
おっしゃる通りですね。
指示をもらって、機械になった方が楽な瞬間っていっぱいありますよね。
でも、子供たちに「それじゃダメ!」と言っているのに、自分たちがそれではダメですからね。

続きは後編へ

 

 

 

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