【第43号】なぜ「~し放題」なのか?

いつでもどこでも何でも見放題、聞き放題、乗り放題、食べ放題、つながり放題…。
世の中見渡すと、そんな時代に映ります。

すると、人の心にどんな変化が起きるのでしょうか?

筆者自身の心の中を観察すると、
「あって当たり前、無いと不満」と感じることが増えて、
「有り難み」「感謝」の心が減ったように感じます。
Amazon Primeの会員ですが、好きな時に好きな映像を見られるのは大変魅力です。
一方で、以前に比べ作品を「味わう」よりも「消費する」感覚で見ている気がします。

また「積極的」より「受動的」になったと感じます。
待っていても、情報が向こうからやってきてくれるからです。
レコメンドの商品を注文して、家で待っていればやがて商品が届く…。
自分のそばに常に「コンシェルジュ」がいるような感じがします。

さらには、何かを判断するにも、自分の感性や直感に従って決めるのではなく、
ネットでの評判など、他者情報に頼って決めることが増えたような気がします。
「自分軸」で判断するのではなく、「他人軸」で判断するイメージです。

今後は「5G」も普及して、さらに「~し放題」が加速していきます。
すると、私たちに何が足りなくなってくるでしょうか?

それは「時間」です。

すでに、その兆候は表れています。
周囲を見渡すと、「時間が足りない」「余裕がない」「なんだかせわしない」「忙しい」「焦燥感がある」と言っている人が多いように感じます。
そんな筆者も、「急き立てられる感覚」を覚えることは多々あります。

なぜ、多くの企業が「定額で『~し放題』」を打ち出しているのでしょうか?
それは、私たちの「時間」「関心」が次のビジネスにつながるからです。
目先の利益(金銭)だけでなく、ユーザーの行動記録(データ)がビジネスにつながる時代です。
端的に言えば、企業による「ユーザーの『時間』と『関心』の奪い合い」が起きています。
今後、それがさらにエスカレートしています。

このままいくと、ますます自分で深く考えることはしなくなるでしょう。
押し寄せる情報に「理性的」に判断するのではなく、ただ「反応するだけ」になるでしょう。
外部情報に対してすぐ反応しては、心を揺らす…という状態です。

さらには主体的に「自分軸」を持って生きる人がますます減っていき、
受動的で「他人軸」に頼りながら生きていく人たちが増えていくことでしょう。

一つひとつの体験を、じっくり・ゆっくり「味わう」ことは減っていき、
より刺激的で官能的な情報やモノを消費しては、さらなる刺激を欲求していくことでしょう。

これ自体は「道徳的に悪い」ということはありません。
ただ、それが「本当に幸せか?」という必ずしもそうではありません。

『データの見えざる手』(矢野和男著)という本に詳述されていますが、
人は「自分で何かを成し遂げた」「自分で決めて行動した」時もっとも幸せを感じるとのことです。
自己効力感(=成長実感)、自己肯定感が増し、生きる意欲が増していく…というイメージです。

一方で、消費するだけの暮らしは、その時は快楽を感じますが、
自己効力感も自己肯定感も高まりませんし、虚しさが押し寄せてくるだけです。
そして心の空白を埋め合わせるために、さらに消費をする…。
気がついたら、人間らしい温かみのある関係が失われ、社会からも取り残されてしまう…ということも。

そうならないために、今、私たちに求められるものは何でしょうか?

それは、自分だけの「行動基準」「判断基準」を持つことです。
プライベートな空間にまで情報の洪水が侵入して、ますますそれが加速してくる今、
自分なりの「防波堤」を作って、自身のバランスを取っていくことが、ますます求められる時代になっていくと感じます。

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